第2話 オーディション



 オーディションの当日、僕はいつもより少し早く起きた。すると、いつもは遅くまで寝ている慧がモソモソと起きてきた。
「……今日は起きるの早いな………どっか行くのか?」
「あぁ…うん、ちょっと」
 なんとなく慧には言いたくなかったが、僕が何かを隠していることを悟った慧は、ベッドから抜け出して、共用の部屋にある机の前に座った。
「……で、どこへ行くんだ?」
 僕達は、家族関係のことは話さないものの、趣味や誕生日や、どこから来たのか等話していて、仲もそこそこ良かったため、諦めて慧の向かいに座った。
「オーディションに……」
「オーディション?何の?」
 慧が目の前で笑っている――いや、ニヤニヤしているといったほうが正しいのか?思いっきり顔に"興味津々"とかいてある。ニヤニヤ顔の慧を直視して話すのは嫌なので、目線だけ反らして話す。
「歌手…」
「ふーん。何で…?」
「友達が勝手に送ったから。新幹線のホームで友達と別れるときに、二次審査の通知を手渡された」
「ふ〜ん。その『友達が送った』っていうの、芸能界入りの理由でよくあるよね。そういうのホントにあるんだ」
「別に信じないならそれでいいんだけど……」
「イヤ、信じないわけじゃないんだけど……それより時間大丈夫?さっき慌ててたみたいだけど」

 ハッ、と我に返る。気がつくと、「アァァーー!!!」とさけんでいた。隣室の人が苦情を言いに廊下へ出ていて、すれ違うときに何か言われた。しかし、今の僕にはそんなことはどうでもよかった。一刻も早く会場に向かわなければならない。 廊下を早歩きしながら時計を見る。さっき、慧が起きるときに12:00だった。二次審査が始まる時間は1:00。早めに来てください、とかいてあったので、12:30にはつくようにしておこうと思っていた。今は、12:10。ここから会場までは30分だが、電車の時間に間に合わないから、 次の電車にするとして、時間ギリギリってとこ。受付もあるだろうから、急がなきゃ。

 僕は、まだ慣れない東京の町を走った。ちょうどお昼時で土曜のこともあって、人がたくさんいる。当たらないようによけながら、走る。電車のホームに着いたときは、12:20だった。しかし、ちょうど電車が行ってしまった所で、あと数分またなければならない。ロスができた。 心の中で舌打ちしながら、腕時計と電子掲示板を見比べながら軽く足踏みする。電車がやってきて、中に入る。目的の駅まで近くはないが、出やすいように出口付近に立つ。今になって、何でこんなに焦っているのか分からなくなってきた。友達が勝手に送ったオーディションならば、 行きたくないと言って、破り捨ててしまえばよかった。ただ、賞金が出るから、実家のお祖母ちゃんお祖父ちゃんに負担をかけなくてすむと思ったから、二次審査に行こうと決めた。しかし、受かるとは限らない。二次審査で落ちるかもしれないし、最終審査まで残っても落ちるかも しれない。そうだ。僕が狙ってる賞金を手に入れられるのは、最終審査で選ばれた、たったの三人。希望は少ない。落ちる可能性のほうが高いのに、こうまでして、必死になってるのがアホらしくなってくる。電車の壁にもたれかかって、ため息をつく。半分自棄になっていた。

 目的の駅に着くと、もう時計の針は12:45だった。会場はここから歩いて5分の筈。僕は、思いだしながら人ごみを避けて走る。会場に着いたときは12:48だった。息が荒い。階段を上る気力は無かったので、仕様が無くエレベーターに乗った。チンと、音がしてエレベーターが開く。 目の前に受付があった。
「受付、まだ大丈夫ですか!!」
「ハイ。ギリギリ大丈夫ですよ。二次審査の通知持ってますか?」
 はい。と返事をして通知を渡す。判子を押され、通知と共に、番号札を渡された。
「この番号札を胸につけて、そちらの部屋で番号が呼ばれるのを待っていてください。詳しい説明は中で行いますので」
 軽く会釈して、部屋に向かう。二次審査は、この部屋のほかにあと3部屋ある。この部屋にいる人は、150人ほどだった。僕の番号札は"A‐150"とかいてあったので、A室の150人目の人ということらしい。この部屋の中では僕が最後だった。僕が椅子に座ると、前にたっていた進行役の人が 話し始めた。
「それでは、皆さんお揃いのところで、二次審査の説明をしたいと思います。まず、番号札の数字1〜150が自分の順番です。私が、番号をお呼びしましたら、1の部屋と2の部屋のどちらかを言うので、それに従って言われたとおりの部屋に入ってください。自己アピール1分と、面接があります。 自己アピールは、個性を見るために行うので、歌に関することでなくても結構です。それでは1番のかた、1の部屋へ。2番のかた、2の部屋へどうぞ」
 急に緊張してきた。僕の番は一番最後なのに……。
 待っている間に、自己アピールの確認をしておく。特に自己アピールの無い僕は派手にダンスとかをするわけでも無くこのオーディションに応募したわけを、話そうと思う。それも、『友達が送ったから』というのは、さすがに良く思われないので、お祖母ちゃん達を楽にさせたいという理由にする。まぁ、これで受かるのかと言われれば、YESとは言いがたいが…。

 しばらく待っているうちに、緊張してたのが解れて、楽になった。


 二時間半後……。
「それでは、149番の方、1の部屋へ、150番の方は2の部屋へどうぞ」
 名前を呼ばれると、今まで静まっていた緊張が一気に上り詰めた。不自然に椅子をたって、2の部屋へ入る。
「え〜、それでは、名前と年齢を言って、その後に自己アピールへと入ってください」
 落ち着くために、深呼吸をする。二秒程目を瞑って、目を開けると同時に緊張が解ける。この方法は昔から、上がり症の僕が緊張を解くために使っていた方法だ。
「琴原悠、15歳です。自己アピールは、僕がこのオーディションに応募したわけを話したいと思います」
 そういって、話し始めた。短くまとめたので、一分もかからずに終わった。部屋を出て行くときに、軽く会釈して出て行く。部屋をでると同時に肩の力がぬけて、ドン、と疲れが乗っかってきた。結果が届くまで心臓が持つのか不安だ。

 帰りはふらふらしながら帰ったため、寮につくまで行きの倍も時間が掛かった。帰ると、またにやにや顔の慧が居たため、余計に疲れが増えた気がする。
「お帰り〜!どうだった?」
「んー、どうもこうも無いよ。普通」
「あっ、そう。じゃあさ、なんか受かりそうな人とかいた?」
「受かりそうな人?ルックスで?う〜ん、緊張してて見る暇無かったよ」
「へぇ、やっぱり緊張するんだ」
「何ソレ?僕は緊張しないように見えるの?」
「うん。だって俺とはこんな風に話せるのに、やっぱり外行くと、変わるんだなって」
「へぇ〜僕って、そう見えるんだ」




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