第3話 デビューへの道のり



 二次審査から一週間後、僕のもとに一通の手紙が届いた。
「うそ!慧、慧!起きてよ!ほら、コレ二次審査合格の手紙!」
「朝っぱらから、五月蠅いなぁ。そんな調子じゃあ、もしデビューしたら、どれだけ騒ぐことか…」
「でも、すごいよ。よくあの自己アピールで受かったなぁ」
「はいはい。よかったですね。というわけで、また寝るから起さないでくれよ」
「うん。分かった。起こさないから!」

 その手紙には、最終審査のお知らせもかいてあった。
「場所は同じ。最終審査は、歌!?会場で、詞を配られるから、自分でリズム考えて曲無しで歌う?え…ちょっと、ソレは無理かも」
 話す相手がいないので一人でぶつぶつ言っていると、慧にまた「五月蠅い」といわれた。



 最終審査当日、今度は慧を起さないようにと、慎重に起きると、共用の部屋に既に慧がいた。
「おはよ〜」
 ヒラヒラと手を振っている慧が目の前にいる。一瞬幻覚かと思った。敢えて目を反らし、洗面所へと向かう。
「ちょっと、無視しないでよ」
 腕をつかまれた。
「いや、幻覚かと思ったんで」
 にこ、と笑顔で言う。
「なんか、悠が黒くなっている気がするんですが……」
「だって、前もこういうパターンで遅刻しそうになったから。いくらネタ切れでも同じパターンはさすがに駄目でしょ」
「いやいや、ネタ切れとは失礼な。それに、今回は、お見送りするためにいるんです」
「ふーん、そうなんだー」
「だから、目細いって。睨まないでよ。ほら、こんなこと話してる間に前と似たようなパターンになってきてる」
「うっわ。ホントだ。もう、遅刻したら慧のせいだからね」

 会場には、15分前に着けた。受付にはまた前回と同じ人がいた。今回は少し落ち着きめに話す。
「受付、まだ大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫ですよ。最終審査の通知持ってますか?」
 それでも、結局前回とほぼ同じ会話になった。また番号札を受け取って部屋に行く。今回は人数が減ったため一部屋だった。今回は僕が最後ではなかった
「それでは、今回の最終審査について説明をします。まず、詞を配ります。そして、20分ほど時間をとって、その後一人ずつ部屋に入って、歌ってもらいます。デビューできる人は三名です。皆さんがんばってください」
 説明の後に詞をくばられた。曲名はなく、詞は一番だけらしく、短かった。頭の中が空っぽで曲が全然思い浮かばない。
「ねぇ、なかなか思い浮かばないよね」
 右隣に座っていた僕より少し年上くらいの男の人に話しかけられた。
「はい……」
 初対面の人と話すのが苦手な僕は、愛想のない人みたいになってしまった。結局、考えているうちに、二十分が経った。
「二十分が経ちました。ここで、ゲストの紹介です。審査員二名と共に、審査をしてくれる、そうさんです!」
 紹介のあとに出てきた人は、ちょっと前に映画やドラマ、CM等にたくさん出ていた、いわゆるアイドルだ。最近は、音楽の道に絞るとかなんとかいって、人気絶頂のときにいなくなった。こんな所で会うとは思いもしなかった。
「こんにちは、只今紹介に与りました、爽です。今回は審査員として、参加させていただけることになったのでどうぞ、よろしくお願いします。皆さんもがんばってください」
「はい。爽さんは今回デビューされた三名と共に、音楽活動をするんですよね?」
「はい。グループというわけではないのですが、活動は一緒にします。よろしくお願いします」
「それでは、さっそく一番の方、奥の部屋へどうぞ。爽さんも奥の部屋へ…」
 司会の人の言葉が終わると、また右隣の人が話しかけてきた。
「なぁ、爽って、おまえと似てない?」
「え!似てる?」
「うん。顔がとくに…」
「…そういえば、昔よく間違えられたかも」
「大変だよな……まぁ、それより、今はコッチ考えないと」
 右隣の人は歌詞の紙をヒラヒラと振る。
「全然思いつかないや…。だんだん緊張してくるし」
「まぁ、いざとなったら、一回勝負で」
「いざとなったら………そうですね。それしかないですよね」

 僕の番まではそこそこあったので、少し思いついた。後は、本番任せで……。右隣の人が、奥の部屋から帰ってきた。笑顔だ―――上手くいったらしい。いよいよ僕の番だ。
「失礼します」
「琴原悠さんですね。それでは、お願いします」
 前回と同様、落ち着くために深呼吸をして、二秒目を瞑って、目を開く。先ほど紹介されていた爽…さん、がいる。一瞬、驚いたような顔をしていた。それもきっと、僕が彼と似た様な顔のためだろう。
 歌詞のかいてある紙に目線を移す。もう一度息を吸って、歌い始める。心配していた曲も、何故だかすらすらでてくる。頭の中にメロディーが刻み込まれてるように。


  小さな頃から夢を描いていて
  いつか叶えられると信じていた
  今の僕は何を求めているんだろう
  夢幻の世界で足掻いているだけ


 歌も中盤まできた。後少しだ。
 歌い終わり、礼をして出て行く。自分としては、良くできたほうだと思う。
「どうだった?」
 右隣の人に聞かれる。
「良かった。なんか自然とメロディーが流れてくる感じだった」
「素質があるんじゃないの?」
「そうかな?でも、あなたも上手くいったのでしょ?」
「うん。いい感じだった」
「だったら、どっちもどっちでしょ。後は結果次第……」
「うん。そうだね」
「ところで、あなたの名前は…?」
「お互いデビューできたら…顔合わせで分かるでしょ?」
「自信大有りですか?」
「んー…そこそこ……」


 寮に着くと、ニヤニヤ顔で待っていると思った、慧がいなかった。
 しばらくして、帰ってきた慧は何かをもっていた。
「あ、悠もう帰ってたんだ」
「うん。慧はどこ行ってたの?」
「色紙買いに行ってた」
「何のために?」
「そりゃ、悠がデビューして、有名人に会ったときにサインをもらってきてもらうために」
「デビューできるかなんて、まだ分からないのに……」
「うん。だからデビューしてよ」
「いや、そんなこと言われても………」

 もしデビューできなかったら、この色紙どうするんだろうと、僕はしばらく真面目に考えていた。




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