第5話 初仕事



 初仕事の連絡があったのは、顔合わせの一週間後だった。寮に河野さんから電話が来た。
「何て言ってた?」
「雑誌の特集だって。音楽関係の。結局会見はやらないんだってさ。よかった」
「何でいいんだよ?おまえがテレビにでたら俺が自慢できるじゃんか」
「慧は関係ないでしょ」
「はいはい、そーですね」
「それより、爽って音楽関係の道に絞るって言ったきり、テレビにずっと出てきてないんだってね。ネット上では、最終審査にいた人が流したのか、爽がメンバーの一人って話が流れてるけど」
「そういえば、そうだな。何でそうまでして、音楽の道にしたんだろう。売れてるときだったのにな」
「うん。確かに……」
「あ、そうだ。それより今度こそサインもらってこいよな。ほら、コレ色紙。絶対だぞ!」
「はいはい。しょうがないなぁ」


「こんにちは〜」
ソーッと、待ちあわせ場所の扉を開ける。
「悠、まだ朝だよ」
「あ、爽………」
「今日は早いんだ。緊張して"こんにちは"になったのか?」
「あぁ…まぁ」
「まぁいいや。座れば?ちょっと俺も早く来すぎちゃってさぁ…。たぶん歌手初仕事だからかも……。緊張するなぁ」
「え!爽でも緊張するの?」
「するよ〜。主演ドラマとかでも、最終回まで緊張しぱなっし」
「へぇ〜……あ、そうだ。僕の寮の同室の友達が、爽にサイン欲しいって言ってたんだけど…」
「いいよ。マジックある?」
「あぁ、うん。はい、マジック。それで、これにお願い」
「OK」
 隣で色紙にサラサラとサインをしてる爽を見ると、本当に有名人なんだな、と改めて実感する。
「悠は、その人と仲いいの?」
「うん。性格は全然違うけど、気が合うよ」
「そっか」
「爽はスゴイね」
「何が?」
「有名人のオーラが出てる」
「へぇ、出てるんだ。あ、その友達の名前何?」
「水城慧」
「みずきあきら…っと。はいっ、どーぞ」
「わ〜、ありがと〜。名前入りなんて、飛んで喜ぶよ。絶対!!」
「そこまで喜んでもらえたら嬉しいなぁ」
 笑いあっていたら、やがて永都が来た。
「よ!!」
「お、永都。朝から元気だな」
「ホントに」
「ん、悠、爽にサインもらったのか?」
「うん。寮で同室の人がサイン欲しいってウルサイんで」
「そーか、それは大変だな。…そうだ!今度、悠の部屋に行っていいか?是非その人に会いたいな」
「どーぞどーぞ。きっと喜ぶと思いますよ」
「うん。じゃあ、今度の土曜日空いてるか?」
「たぶん大丈夫だと思います」
「OK。っていうか、さっきから敬語になってる。普通に話していいって言ったろ?」
「あぁ、は……うん」
「うん。じゃあ土曜日だぞ」
「永都、悠っち行くのか?」
「あぁ。学校が一緒で寮住まいだもんで、近いんだ」
「へぇ〜いいな。そういうの」
「あ、良かったら、爽も来る?狭いけど」
「本当か!行く行く!!」
「まぁ、寮の部屋だし、特にすることもないんだけどね。でも、このメンバーなら話してるだけでおもしろいかも」
「何だよソレ。おもしろいってどういうことだよ」
「まぁ、来てみれば分かるって」
 時計を見ると、約束の5分前だった。泉莉おそいな〜と、思っていると泉莉が走ってきた。
「ごめ〜ん。ちょっと遅れちゃった?」
「まだ大丈夫だよ。ギリギリ」
「そう。良かった〜」
 泉莉が来てすぐに、河野さんもやってきた。
「お、皆揃ってるね」
「だから、河野さん。その登場の仕方、毎回ソレだと飽きますよ」
「そう?じゃあ、変えようかなぁ」
「それより、呼びに来たんじゃないですか?」
「あぁ、そう。まず、今回お世話になる人に挨拶に行くよ。皆、着いてきて」
 そういうと、どんどん歩いていったので、僕達は慌てて着いていった。

「まず、この人が今回のライターさん。後で、それぞれ質問を受けてもらうよ」
「私が、今回ライターを担当させていただきます、品野ともうします。よろしくお願いします」

「そして、こちらがメイクの担当さん。後で写真をとる時の衣装もこの人がやってくれるから」
「佐川と申します。よろしくお願いします」

「それじゃあ、メイクしてもらって、それから撮影。休憩の合間にインタビュー。その時、個人の写真も撮られるから、そのつもりで」
「はい」

「何か大変そうだな」
「そう?意外とそうでもないよ」
「そっか、爽は慣れてるんだ」
「まだ、慣れるまではいってないかな〜」
 そんなことを話しながら、担当の所へと行った。

「おー、コッチコッチ。よし、これで揃ったね。それじゃあ、もう少しで撮影始まるから。ポーズとかは、カメラさんの言ったとおりにお願い」
「はい。爽がいるんで、大丈夫だと思います」
「そうか、それじゃあ爽、頼むな」
「はい」

「それでは、撮影を始めたいと思います。まずは、爽君が真ん中で、後ろに永都君。右に悠君で左に泉莉ちゃんで。とりあえず、指示したように並んでもらえますか?」
 テキパキと指示され、僕達もそれにつられて素早く動く。撮影は順調に進んでいった。
「それでは、一旦休憩です。爽くんは、ライターさんのところに行ってください」
 爽は返事をして、部屋の奥にある机のほうへと向かった。質問は意外とすぐ終わったらしく、次に永都が質問を受けた。
「悠。次、おまえの番だって。個人撮影も質問中にあるから、がんばれよ」
「うん。分かった」
「えっと、琴原悠君ですね?いきなりですがなぜ、このオーディションに応募したのですか?」
「父と母が早くに亡くなって、祖母と祖父と住んでいたので、学費とかも全部だしてもらってて、もう定年なので、少しでも楽に暮らせるように…。っていうのは、本当なんですけど、実は、友達が僕の状況を知ってて、勝手に送ったんですよ」
「そうなんですか。それでは次に、メンバーとのことをお聞かせ願いたいのですが…」
「はい。爽とは、同い年で気があってとても良い仲間だと、思います。永都は、最終オーディションのときに、隣の席で会って、少し話しました。同じ高校の先輩なんですが、『仲間だから敬語はいい』って言ってくれて、お兄さん感覚です。僕、一人っ子だもんで、嬉しいです」
 カメラマンが、僕を撮っていることを意識しすぎて、笑顔がひきつる。
「フフ。良いわね、そういうのって。では、もうメンバーとは仲、いいんですか?」
「ん〜、まだ泉莉…とは話したことないです」
「そうですか…。泉莉ちゃんだけ女の子だからね、ちょっと大変だね」
「はい。泉莉は明るいから、向こうからは話してくれるのですが、年上だし、僕からは話しにくいです」
「うん。それでは、最後に、これからできるファンの皆さんに、メッセージを」
「えっと、僕なんかはド素人で分からないこともたくさんあると思いますが、歌もがんばるので、応援、よろしくお願いします」
「はい、ありがとう。それじゃあ、勇気出して、泉莉ちゃん呼んできてもらえる?」
「はい」
 帰りは、コードに引っかからないように下を向いて歩いていく。
「次、泉莉の番だよ」
「うん、OK」
 小走りで駆けていく泉莉を見届けてから、視線を爽と永都のほうに向ける。
「どうだった?」
 爽が聞いてくる。僕は少し悩んでから答える。
「ん〜、初めてにしては、良かったんじゃないかな?写真は微妙かもだけど」
「そっか、良かったな」
「良かったって、何が?」
「いや、悠のことだからさ、急に上がっちゃうかと思った」
「んー、一対一ならそんなに緊張しないみたい。写真は意識しすぎると、笑顔がひきつるけど…」
「ふーん。最終審査の時は緊張してて、深呼吸で落ち着かせてたよね」
「あ、覚えてるんだ」
「うん。ちゃんとチェックしてるから。最終審査の時は、結局緊張して歌えなかった人とかもいるし、どんな状況でも落ち着かせられる人を選んでるんだ」
「そっか、ちゃんと調べてるんだ。ん、永都は最終審査の時、緊張しなかったの?」
「ちょっとだけ。そんなに緊張しないかなぁ」
「すごいね〜」
 そんな他愛のない話をしていると、泉莉が「終わったよ〜」といいながら戻ってきて、撮影が再開された。


「お疲れ〜。これで終わりです」
「お疲れ様で〜す」
「ん〜、終わったー」
「皆、お疲れ。次の仕事の話をしたいから、この後時間くれる?」
 河野さんが、いつもの笑顔で言った。
「あ、はい」
 僕達は、河野さんの車に乗って事務所へと連れて行かれた。
「降りて。ココがうちの事務所。爽以外は皆初めてだよね?」
  「はい」
 そういうと、三階の会議室に通された。
「はい。それじゃあ、次の仕事について話したいと思います。次の仕事は、ドラマとのコラボ企画です。四人に、それぞれ作詞してもらいます」
「いきなりドラマとのコラボですか…」
「フフ。爽なら、このオーディションの凄さが分かるだろ?このオーディションで受かった人たちが地味に活動するわけがない。なら、イキナリドカーンとやらないと」
「そうですね…」
 二人の笑顔が怖い…。
 三人は、苦笑いをしていた。
「それで、そのドラマとのコラボ企画は、一人が主題歌、一人が主人公達の好きな歌。残りの二人は挿入歌、というふうに割り振られるから、全員の歌が採用されることになる。どの曲がどれになるかは製作者側のイメージによるから。そのドラマの詳細や、歌詞の決まり等はこの資料を参考にして。それじゃ、それだけだから。何か分からないことがあったら、連絡して」
 そして、僕は寮に帰った。久しぶりにすごく疲れた一日だった…。帰った後も、相変わらず慧の質問攻撃だし…。サインをもらったというと、すごく喜んでいて、またも、隣室の人から怒られた。だから、爽と永都が家にくることは、まだ内緒にしておくことにした。




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