2 鍵


暗闇の中、1人の男の子が泣いている。
子供には似合わない、静かで悲しみをこらえるような泣き方だった。
僕は、その子に近づくとそっと背中に手を置いた。
「どうしたの?」
僕が、優しく語りかけると顔をあげた。
「え?」
その顔は、小さい頃の僕だった。
あぁ。ぼくはやっと納得した。
今日は、『あの日』なんだと。


季節は真冬────。
僕が、幼稚園から帰ると電話がかかってきた。
「もしもし?」
「廉!お母さんよ。やっとお休みが取れたの。明日、朝1番の便で帰るからね!」
「朝1番?」
「えぇ!お父さんも一緒よ」
「…駄目」
「え?廉、どうしたの?」
「帰ってきちゃ駄目!」
「どうしたの急に?」
「駄目なんだ…だって…だって…」
「廉、したくがあるから切るね。帰るからね、ばいばい!」
「…駄目…だって、その飛行機は…」
僕は、その後もずっと繰り返して呟いていた。
だれも、知らないはずの飛行機の悲劇を…。


「ねぇ、僕だけが知っていたんだ。なのに…なのに…!」
「何を知っていたの?」
「伝えられなかった…。視えていたのに…」
「何を視たの?」
僕は、僕に問いかける。
何を視て、何を知っていたんだ?と。
でも僕は、悔やむばかりで涙が頬をつたうだけで何も教えてはくれない。
いつのまにか、僕は消え、僕だけが暗闇に残った。
1人で膝を抱え、思い馳せる。


次の日の朝。
僕の家に、おばあちゃんが顔面蒼白で飛び込んできた。
僕は、涙を堪えながら言った。
「お母さんとお父さんが死んじゃったんだね」
おばあちゃんは目を丸くすると
「なんで知ってるの?」
と尋ねた。
「…僕だけが知っていたんだ」
それからは、慌ただしい日が続いた。
お通夜にお葬式、色んな手続き…。
お母さんとお父さんは、海外で有名なパティシエだった。 だから、特に手続きは大変だった。
やっと、落ち着いたのは亡くなってから1ヶ月たっていた。
僕は、人形のようだった。
笑いもせず、泣きもしない。感情が何1つ顔に表れなかった。
目は虚ろで、闇しか映していなかった。
あの日、僕は鍵をかけたのだ。
もう2度と視えないように。
厳重に、何重にもかけた。
すると、表情はもどり明るい元気な子にもどった。
それからは、穏やかな日々だった。
おばあちゃんは、とても優しかった。
おばあちゃんと2人でも、全然さみしくなんてなかった。
小学校に入学して、楽しく過ごした。
2年生になる前の冬だった。
季節はめぐり、また冬がやってきた。
おばあちゃんは、寒いと関節が痛むとつらそうだった。
おばあちゃんは、夕飯の買い物に行くと出かけていった。
その、10分後ぐらいだった。
電話が鳴ると、とても嫌な予感がした。
嫌な予感ほど、的中するって本当なのかな?
「水嶋 千代さんのお宅ですか?実は、千代さんが階段から転落しまして…。
 残念ながら…。お気持ちお察しいたします…」
手から受話器がすべり落ちて、派手な音をたてた。
目の前が真っ暗になった。
手さぐりで進んでも、出口なんてなくて…。
1人ぼっちなんだ…。
悲しみは、心を蝕んでいった。
涙が静かに頬をつたった。


ジリリリリリリリリリリリ!
目覚まし時計をとめる。
また、夢を見た。何度も繰り返される、同じ夢。
頬に触れると、涙の痕が残っていた。
それを、拭うとカーテンを思い切り開ける。
そうだ、アイツ起きてるかな?
僕は、ある部屋に向かう。
その、足取りは軽い。
この、部屋も新たな命の火が灯ったのを喜んでいるようだった。





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